1.いくつかの物語をプレゼントしてあげる

 いきなり話しかけてきたその男に見覚えはなかった。
 そのくせに、やたら親しげに私に話しかけてくる。
 止まらなかった涙が急に引っ込んだ。
 涙を拭った私にこのあたりで涙の落ちる音が聞こえた気がしてなんて言ってきた。
 そうだ。彼は手を叩いた。
 彼は小さくて汚れた黒い革の鞄から、薄い本を取り出した。
「いくつかの物語をプレゼントしてあげる」
 渡されたそれは、だいぶ古いものらしく、紙は黄ばんでいた。
 表紙も裏表紙もない本。
 ちゃんと読むこと。と私に念を押して彼はその場を去った。
 また、後で。と手を振りながら。






2.この手よ今は震えないで






3.君を失ったこの世界で僕は何を求め続ける

 だいぶ遠くまで来たなぁ。
 オンボロバイクを畦道の真ん中に止めてふと思った。
 ここまで来たのは、君を追いかけただけじゃない。
 君を追い出したあの街が嫌になったから。
 でも、どの街にも君は居なくて、僕の居場所もなかった。
 たくさんの人に出会った。でも君は居なかった。
 みんな一歩ずつ、テンポは違うけど進んでいた。
 君はどうだい?
 寂しくなんかないさ。
 いや、嘘だ。寂しいけれどすぐに忘れる。どんなに寂しくたって、君がいた日と同じ朝日が昇るのだから。
 君の温もりは忘れたくなかったのに忘れたよ。もう、思い出せないのかなぁ。
 僕は地図を開いて今まで辿ってきた道を指でなぞった。
 君がくれたこの地図を結局僕は捨てられずに、あの日強く手を振って見送った背中を追いかけてる。
 どれだけ僕が叫んでも君はどこにもいない。
 これが僕の望んだ世界で。この旅が間違いでないことを祈っていた。
 でも僕は気づいたんだ。そう、たった今。
 結局僕はあの日の君の背中に捕らわれたままで時間は動いていないんだ。
 君がいると信じて探す世界を愛してた。
「君を失ったこの世界で僕は何を求め続ける」
 結局欲しいのはもう居ない君なんだ。
 会いたい。会いたい。会いたい。
 でもこれじゃダメに違いない。
 きっとダメだ。
 そうだ。
 僕の右手はゆっくりとポケットの中に潜り込んだ。
 右のポケットには壊れて動かないコンパスが入っている。
 これを頼りに進もう。
 コンパスの指す場所へ向かおう。
 当ての無い旅などやめて。ここが出発地点だ。
 僕は破りそこなった地図の現在地にシルシをつけた。
 オンボロバイクはそのままにして最初の一歩を踏みだした。
 僕は歩き続ける。
 君がいない世界でも愛せるかなぁ。
 もし、愛せたら、そのときに君に会いに行くよ。
 間違った道を歩いてきてもその果てが正しければそれでいい。
 この一歩が正しい一歩であることを祈りながら。
 そして君にまた会えることを祈りながら。
 地図を握り、コンパスを見て、僕は歩き出した。






4.優し過ぎて言葉も出なくて

 人気の少ない最終列車に揺られながら一日を振り返る。
 僕が都会へ出て、少し名前が有名になったばっかりに望んでいたことといなかったことの二つが僕に降りかかる。
 親しくもなかった知り合いが僕に声をかけてきたり、僕を馬鹿にしていた親戚が急に愛想がよくなったり。
 見たくもなかった現実が目の前に現れて何もかも嫌になってきた。
 次の駅にまもなく到着するとアナウンスが告げた。
 僕はホームに降りた。
 ポケットに手を突っ込むと、切符がないことに気づく。
 探す気もおきなくて駅員に言って運賃を払う。
 僕に頑張れだとか一言二言かけると笑顔で手を握った。
 重たい荷物を手にしながら家へと向かう。
 薄暗いライトの下にできた僕の影は思った以上に背が丸まっていた。
 人通りの多い道を避けて歩いたのに見知らぬ人に声をかけられる。
 一方的に何か言われたけれどぼんやりとした頭の中には何も入ってこなかった。
 僕だって言いたいことは山ほどあるけれど、うまく言葉になってくれなくて。
 なったとしても口から出るのはいつも本音のすこし手前。
 見知らぬ人と別れて歩き出す。
 家につく前にケータイの耳障りな呼び出し音が鳴った。
 ディスプレイには古い友人。
 またか、と思ったが耳にあてる。
 もしもし。懐かしい声に同じように返す。
 久しぶりだなぁ。元気?
 元気? って尋ねる君の声が温かくて優しくて。
 僕が予想していたのとは違う君の言葉。
 言葉に詰まった僕に君はどうした? と続けてきた。
 なんでもない。と口にする。
 疲れたというのを口実にまた電話すると約束をして僕は電話を切った。
 家に着くころには僕の目は先が見えなくなっていた。
 暗い部屋のベッドに横になって毛布に包まる。
 自然と出てきたため息は今日会った人の顔と重なった。
 くしゃみをしたあと鼻をかもうと手を伸ばした鞄から出てきたのは買ったのに読まずにいる漫画だった。
 手にとってもやっぱり読む気にはなれずに床に投げ捨てて目を閉じた。
 もう寝よう。夢を見よう。明るい夢がいい。
 眠りにつこうとしたのに君の声がふと浮かんできた。
 言いたいことはたくさんあったのに何一つとして言えなかった。
 どうせ明日になれば僕のことなんか忘れてしまうんだろう?
 僕のことなんか何も知らないくせに。
 それなのに。
 君の声が、言葉が温かかった。優しすぎた。
「優しすぎて言葉も出なくて」
 僕のことなんかどうでもいいくせに。
 僕は君のことなんか……。
 涙が止まらない。
 両手で強く握ったシーツはキシキシと音をたてていた。
 君に今度電話をしよう。
 話したいことは山ほどある。
 だけど、話さないと決めたこともある。
 君の電話のあと声を出して泣いた今日のことは一生君が知ることはない。






5.このまま起きていられたらなぁ

 眠る前に散らかっていたおもちゃを取り出すように僕の頭の中ではいろいろな物語が溢れ出す。
 それは本で読んだ冒険のお話。
 僕はたったひとりのヒーローになって世界を救う。
 誰もが僕を笑顔で迎えて、尊敬のまなざしでみるのだ。
 怪獣もおばけも魔物も僕の力には敵わない。
 捕らわれていたお姫様を暗い部屋から助け出すと姫は僕の頬に口付けをする。
 王様は僕に王子の位を与えて僕が国を治め、幸せな世界を作るのだ。
 それから。
 えーっと、それから。
 思いつくはずの続きが大きな欠伸に遮られた。
「このまま起きていたられたらなぁ」
 続きは夢の中で。






6.人に触れていたいと唄っていいかい






7.アンタに笑顔を持ってきた

 この世の不幸はすべて僕に圧し掛かってきた。
 きっとそうに違いない。
 だって僕はこんなに不幸なんだもの。
 泣いても泣いても枯れることのない涙がそれを証明してる。
 僕は不幸だ。誰よりも不幸だ。
 不幸せが部屋の中に溜まって、全体を湿らせる。
 あぁ僕は不幸だ。
 だってこんなに涙が出るんだもの。
 ひとりぼっちで泣いている僕ほど不幸せな人なんてこの世にはいないはずだ。
 何で泣いているのか? そんなの分からない。
 食べ物? 快楽? お金? そんなものは充分に足りている。
 手に入らないものなんて何一つないんだ。
 欠けているものなんて何も無い。
 でも僕は不幸だ。不幸だ。不幸だ。
 そのとき、濡れた部屋にノックの音が響いた。
 僕に足りないものがあるのだと言う。
 そんなものあるはずがない。
 お金はあるし、成績だって優秀、スポーツだって人並み以上に出来る。
 僕が不機嫌に誰なのか尋ねると聞き覚えのない声は言った。
「アンタに笑顔を持ってきた」






8.腕の中へおいで
 僕は手を叩いてソレを呼んだ。
 おいで。
 大きく腕を広げると青い目をした子猫が扉の隙間から恐る恐るこちらを見ている。
 なにもかも嫌になって家を飛び出して一人で移り住んだ。
 プレッシャーとか人の目を避けたこの暗い部屋に。
 大丈夫。僕と君しかいないよ。
 この部屋で動いているのは2つの心臓だけ。それ以上も以下もない。
 僕は少しずつ歩を進めていた。
 首輪のない猫だった。
 もともとは白かったと思われる体毛は醜く汚れていた。怪我をしていてところどころ赤く染まっていた。
 子猫は僕に威嚇をする。
 しかしそれは弱弱しく、僕には恐れよりも悲しみを抱かせた。
 誰にやられたんだろう。どうしてこんなことになってしまったのだろう。
 ブルブルと子猫は震えている。
 暖房のない僕の部屋だけど、子猫が震えているのはそのせいだけじゃないだろう。
 きっと何を言ってもしょうがないと思った。
「腕の中へおいで」
 僕は両腕を広げる。そして一歩ずつ近づく。
 子猫は逃げなかった。
 僕は子猫を抱き上げた。まだ震えている。
 腕の中で僕は子猫を撫で続けた。
 言葉もなくただひたすらに。
 子猫が抱えてきた孤独を解きほぐすように。傷口を癒すように。
 
 それから僕と子猫の生活が始まった。
 子猫は僕の生活に欠かせないものになった。
 居ないと不安になる。
 近くにいても他の事を考えているのだろうと気がつくこともある。
 子猫も僕と同じであるらしかった。
 すこし部屋を離れただけで僕を呼び続けているときもあれば、隣にいるのに気づかないフリをしていることもある。
 僕には子猫が何よりも必要だった。
 たとえ視力を失ったとしてもその姿ははっきりと見えるだろう。
 ほかの事を考えずに君がなにをしているのか考えるだろう。
 君が呼吸をしている音を聞き、君の好きなミルクの匂いを感じ、君を腕に抱いて温もりを感じるのだ。
 子猫の苦しみも傷も全部僕が抱きしめる。
 時間も他の生き物も明かりも言葉も理由もない世界の中で2人は温もりだけ確かめ合う。
 生きている証はその温もりだけ。確かなものは温もりだけ。





09.世界の神ですら 君を笑おうとも 俺は決して笑わない

 古い友人は胡散臭い地図を手にしながら自慢げに俺に語った。
 これは宝の地図なのだ。と。
 俺が不満そうな顔をすると彼はひどくがっかりした様子だった。
 誰もが彼を疑った。そしてあざ笑った。
 宝なんてあるわけがないと。
 それでも彼は言い張った。そしてその真意を確かめるために旅をすることを決めた。
 数日かけて彼はコツコツと一艘の小さな船を作り上げた。
 見た目は悪いがしっかり浮かんでいる。
 それを見た誰もが口々に悪口を言った。
 馬鹿な男だと。宝に目がくらんで何も見えなくなっているのだと。
 海が眩しい早朝に彼は自慢の船に荷物と宝物である宝の地図を乗せて旅立った。
 大きく大きく手を振って。
 沖に出た彼は握った拳を天に突き上げ必ず見つけて戻ってくると叫んだ。
 それを見た一人が小声で呪いの様な言葉を吐いた。
 高波に船が沈んでしまえばいいのに。
 その声を悪魔が受け入れたのだろうか。
 突風が吹いた。波は船を揺さぶった。
 覚悟を決めた彼の前に容易くも立ちはだかった。
 大きく揺れる船の上でそれでも彼は拳を突き上げていた。
 もう片方の手で握っていたのはマストだ。
 それがいつの間にか夢を貫く槍。
 かならず彼は夢を掴むだろうと俺は思った。そうだ。あの槍はグングニル。
 どんなものでも必ず貫く。
 俺は彼に手を振った。
 必ず帰って来いと言って。
 誰かが笑った。そんなことはどうでもいい。
「世界の神ですら 君を笑おうとも 俺は決して笑わない」
 誰にだって彼を笑う権利はない。世界の神だって。
 俺に続いて一人、二人と彼に手を振った。
 風は強いが朝焼けが海を黄金に照らし彼を導く。
 そして誰もが勝手に諦めてバラバラにした夢を思い出し、集めだす。
 誰もが夢を見たがっていた。彼のように。
 自分自身を勝手に値踏みしてすべてを諦めていた。そしてそれを正当化した。
 本当は彼に憧れていたのだ。
 大きな波に揺られて船は転覆しかけていた。
 口々に沈むなと沈まないでくれと願った。
 おそらく、世界の神ですら彼を助ける権利を欲しがっているのだろう。
 突っ立っていることしか出来ない俺のように。






10.ひとつだけ ひとつだけ






11.実は飛べるんだ その気になれば そりゃもう遠くへ!






12.寂しくはないよ 君と居られるから






13.「最初で最後の恋人」






14.指切りをしよう

 僕は絵を描こう。君とよく来たこの丘の。
 一面に黄色いタンポポが咲いた丘の絵を描くよ。
 その方が、君がココへ来たときに見つけやすいから。
 明日僕と君は大人になる。
 入社式に背広にネクタイを締めて向かうんだ。
 君は会社の制服かな? それともスーツ?
 今日の夜、三日月が光るとき、僕はこの丘で待ってるよ。
 神様、この丘をタンポポで埋めてはくれませんか?
 何年経っても僕と君がこの丘を忘れないように。
 僕は絵を描こう。君とよく来たこの丘の。
 僕の右手と水彩絵の具で小さなキャンパスにこの丘を閉じ込める。
 そして約束してくれるかい?
 そうだ。
「指切りをしよう」
 10年後の今日、またここで会おう。
 この絵を目印にくればいいさ。ネクタイを締めていても迷わない。
 神様、二人に魔法をかけてくれませんか?
 他のどんなことでも忘れてもいい。今日のこの景色だけずっと忘れない魔法を。
 冷たい空気を吸い込んで少し咽た僕の背を君が撫でてくれた。
 俯いた君が顔を上げるとタンポポの冠を……。

 僕はそんな絵を描いた。
 昨日の夜、君があの丘に来るわけないことは分かってたよ。
 でも僕はまだためらっているんだ。
 だってホラ、たくさんの背広を着た人たちのなかで僕だけが震えてる。
 神様、僕は怖いのです。
 背広もネクタイも見たくないのです。
 昨日Tシャツにしみ込んだタンポポの匂いと君が忘れられなくて。






15.夢の先なんて 見たくもないから

 友達に教えられて汚いバス停に着くとそこにはたくさんの人が集まっていた。
 ここに来るバスに乗り込めば夢の先に連れて行ってくれるらしい。
 強く望むことを紙に書いて持っていればそれが乗車券になるという。
 半信半疑だったが、これだけ人が集まっているところを見ると強ち嘘でもないらしい。
 空っぽのバスが黒い煙を吐き出してやってきた。
 オンボロバスにこれでもかという程人が乗る。
 男も女も必死だ。
 罵声があちこちで飛ぶ。
 押すな。まだ乗れるだろう。あと何人乗れるんだ。どけ。邪魔だ。
 俺は無理やり乗り込んだ。適当に書いた紙をポケットに押し込んで。
 どうかお願いします。私を乗せてください。どうか。どうか。
 そうやって頼む女に負けて馬鹿な男が順番を譲った。
 ギュウギュウになったバスは大きく揺れながら走り出した。
 数時間経って何もないところに俺たちは下ろされた。
 運転手が顔色を変えずに夜になったら別のバスが来ると言った。
 俺はポケットに手を入れる。
 あれ?
 ない。
 右のポケットにいれたはずなのに。
 ない。
 左にも鞄にもどこにもない。
 日が沈むまで探し続けたが見つからない。
 夜になってやって来たのは比較的新しいバスだった。
 皆、手書きの乗車券を手に我先にと乗り込んでいく。
 バスの中ではまた怒鳴りあう声が聞こえる。
 あぁ、待ってくれ。俺も乗るんだ。
 ポケットの中から出てこない。
 俺が生きる意味が。
 これじゃない。これでもない。どこにいったんだ。
 俺はどこにいる?
 乗車券をなくした俺は人ごみに紛れ忍び込んだ。
 バスは動き出す。
 誰もがウキウキと目を輝かせていた。
 これからは楽に生きられる。
 何も苦労することがない。夢の世界だ。
 あと少しで望みが叶う。望みが……。 
 違う。
 俺はこんな人生を望んでいたんじゃない。
 やっと気づいたんだ。
 降ろしてくれ。
 俺はここにいちゃいけないんだ。降ろしてくれ。
 バスは俺の願いを無視して走り続ける。
 俺が望んでいたのは生きる意味が欲しかった。夢が欲しかった。
「夢の先なんて 見たくもないから」






16.愛されたくて吠えて 愛されることに怯えて






17.そんな寒いトコ今すぐ出ておいで






18.僕の体は止まったままで

 走り出した夜行列車は窓ガラスをカタカタと鳴らしている。
 知っている景色が全く知らない風景に変わって、僕が何年も生きた街を遠ざけた。
 重い荷物と気持ちが椅子に沈む。
 見送る人も居ない僕はたったひとりで遠くへ行く。
 旅に出る人は皆、切符を手に、思い出を鞄に詰めて列車に乗り込む。
 たどり着く先はバラバラの切符を見つめながら。
 外に目をやると、窓に反射した僕の顔が映る。
 なんて醜いのだろう。
 人間の肌とは違う色。
 不気味な緑色は長い前髪や帽子をもっても隠せない。
 嫌になって車内に目を戻すと前からピンク色のリボンを首に巻いたテディベアが転がってきた。
 迷った末に手に取ると幼い女の子が駆け寄ってきた。
 目が合った瞬間に少女の表情が凍ったのが分かった。
 僕は目をそらす。
 余計なことをしなければよかったと後悔した僕から少女は恐る 恐るテディベアを奪うと走り去った。
 いつものことだとため息をついて。
 もう寝てしまおうとゆっくりシートを倒した。
 後ろから男の舌打ちがしたが、聞こえないフリをして目を閉じる。
 しかし、後ろの男のこともさっきの少女のことも気になって眠れない。
 シートにもたれた体勢のままぼんやりしていると次の駅に着いた。
 田舎の駅だ。
 広大な麦畑が波を打っていた。
 列車はまもなく走り出す。
 麦畑の間の細い道に自転車で列車を追いかけている人が居た。
 大きく手を振りながら必死にペダルを漕いでいる。
 別れを惜しむのは分かるが、見ていて恥ずかしい。
 その人が見えなくなるのを横目で確認しながら羨ましがっている自分に気がついた。
 僕は動いていないのだ。
 シートに座ったまま時速200キロの速さで走っている。
 このことに気づいたことが嬉しかったがこの喜びを伝える相手はいなかった。
 僕はいつもそうだ。
 誰の役にも立てず邪魔ばかりしている。
 そんな自分が嫌で嫌でしょうがなくて。
 前に進もうとこの列車に乗ったのに、結局は動けずにいて。
「僕の体はとまったままで」
 目を瞑ってみたけれど嫌なことばかり頭に浮かんで目を開けた。
 これから僕の生きる街に進んでいっても何か変わるのだろうか。
 僕は前進できるのだろうか。
 帽子を深く被りなおした。
 出るため息は僕の癖になっている。
 もう一度目を閉じようとすると、小さく腕を叩かれたのに気がついた。
 さっきの女の子が立っている。腕には先ほどのテディベアを抱えていた。
 僕の前に小さな手を差し出している。真っ赤なキャンディーが乗っている。
 いいの? 小さな声で聞くと少女は笑顔で頷いた。
 驚いたけれどそのキャンディを受け取る。
 女の子は照れた様子で駆けていった。
 あぁ、僕は。僕は動いていた。
 だってほら、今はじめて優しい笑顔を向けられた。
 一歩進んだ。時間は止まらない。
 生まれてから終わりの日まで僕は進んでいるんだ。
 誰もが夢を見て思い出を詰めて歩き出している。
 自分の居場所を守りながらこれからのことを夢見ている。
 動いていないように見えていた僕も少しずつ動いていたんだ。
 それに気づいた僕は誰にも気づかれないように声を殺して泣いた。






19.大丈夫、大丈夫、いつも一緒だよ






20.冬が寒くって 本当に良かった






21.愛するヒトのタメ できない事なんて一つでもあるかい?






22.ひとりぼっちは怖くない・・・

 明日、僕は町を出る。
 夢を叶えるために憧れの街へ行くんだ。
 荷物はもう詰めた。切符も財布に入れた。あの娘の写真もついでにいれた。
 昨日の夜出来た歌も詰めた。この歌で頑張ると決めたんだ。
 最後の夜だというのにすることがない。
 田舎だから入りが悪いことは知っているのにラジオなんか聞いてみたりして。
 何度も聞いた歌にあわせて口笛なんか吹いてみたりして。
 そうだ。
 みんなとは今日のうちに会っておこう。
 連絡を入れれば今からでも会えるはずだ。
 しばらくは喧嘩もできなくなるのだから。
 明日から僕はひとりぼっちだ。
 ちゃんとやっていけるかな。ひとりで元気にやっていけるかな。
 友達の1人に電話をかけたらみんなを集めてくれると言った。
 言われたとおりの場所に行ってみるとみんな集まってくれていた。
 僕の成功を願って乾杯なんて。
 あぁ分かったよ。着いたらすぐに手紙を書くよ。青い便箋で書く。
 写真? ピンボケでよければね。
 うん、何より先に手紙を書く。
 さようならとかありがとうとか簡単な言葉は酒で飲み込んで僕は笑った。
 みんなと一緒に笑った。
 僕の場所はココだ。帰って来るべき場所はココなんだ。
 遠くへ行ったって変わらない。
 おじいさんになってもきっとココだろう。
「ひとりぼっちは怖くない…」
 大丈夫。
 だってみんながここにいてくれる。みんなが見守ってくれているから。
 だから明日、僕は出発する。






23.選ばれなかったなら 選びにいけ






24.嫌がったってムリヤリ連れてくよ






25.愛しい人よ あなたの中に






26.触れられないって事も 知りながら 手を伸ばす






27.自分に一つ嘘をついた






28.振り返ることが出来なかった 僕は泣いてたから

 予定時刻よりもかなり早く僕らは待ち合わせをした。
 君を僕の古い自転車の後ろに、大きな鞄を前かごに。
 錆付いた車輪は重みに悲鳴をあげる。
 朝早い街には人は見当たらず僕らのだけの世界のようだ。
 寄りかかる君の温もりがほんのりと伝わってきた。
 僕は長く緩やかな坂道をペダルを漕いで登ってゆく。
 ひんやりと朝の冷たい空気を感じながら、額には汗が滲む。
 はぁはぁと息を切らせる僕を君はがんばれーなんて言いながら笑っている。
 あともう少し。
 そういいながら背を叩く君。
 頂上にたどり着いたとき僕は地面に足をついた。
 お互い言葉を無くした。
 広葉樹の山の間から朝日が顔を出していた。
 僕は乱れた息を整えながら朝日だけを見つめていた。
 見れて良かった。朝日ってこんなに綺麗だったのか。
 君が遠くへ行く前に一緒に見れて良かった。
 思っているうちに涙が出てきた。
 朝日の輪郭はぼやけていった。
 綺麗……そう呟いた君はどんな顔をしていたんだろう。
 きっと笑顔だった。
 僕はその顔を一生知ることはない。
「振り返ることができなかった 僕は泣いてたから」
 行こう。
 君から言い出してゆっくりとゆっくりと坂を下った。






29.だから僕は歌を唄うよ






30.消えそうなくらい 輝いてて

 狭い狭いこの四畳半をプラネタリウムにしようと思いついたのは子供の頃に読んだ科学の本を思い出したからだ。
 確か実家から持って来たはずだと辺りを探ってみたら意外と簡単にそれは現れた。
 すぐに材料を買ってきて作り始めた。
 本に書いてある通りにゴムボールにプスリと錐で穴を開けていく。
 大きさも考えながら一つずつ。
 最後に大きめに穴をひとつ開けた。実在しないその星に僕は君の名前をつけた。
 カーテンを閉め切ってプラネタリウムの光を灯す。
 ゴムボールの穴からまっすぐな光が飛び出して、境のなくなった壁や天井にぶつかった。
 部屋から一歩も出ないまま僕は宇宙を手に入れた。
 四畳半の片隅には一際輝く星がある。
 僕が作った君と同じ名前の星。
 憧れて、仲良くなって、傷つけあって、遠くへ行ってしまった君と同じ名前の星。
 背伸びをしてそっと手を伸ばしてみる。
 驚くほど簡単に光は僕の指を照らし、僕はひんやりとした壁に触れた。
 さっと後悔が押し寄せてきて壁から手を離す。
 分かっていた。届いてしまうことは。
 この星は君なんかじゃなく、僕が生み出した夢だってことは。
 君に触れたいと思う僕の夢だ。
 だからこの部屋に閉じ込めた。
「消えそうなくらい 輝いてて」
 眩しくて。
 触れることは出来ないのに消えてくれない君という光。
 カーテンを開けると外の明かりが部屋に入り込む。
 空を見上げれば現実の星が曇った空に広がっている。
 僕の部屋の星は外の明かりに負けて壁に映らない。
 でも、見えるよ。あの星は。
 見えなくても輝いている。
 僕しかしらない、僕だけの星。


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