062.オレンジ色の猫

 この世にはそれはそれは多くの猫が生きています。  それぞれ住む場所も、環境も違います。   そんな多くの猫の中の一匹。  たった一匹の小さな小さな物語です。 「はぁ。最近、ご主人いいものくれないんだよね〜。なめられてんのかなぁ?」 「あら〜私のご主人様はいつも可愛がってくれるわよ」 「ボクも!」 「俺だってっ」 「あら、さっき愚痴を吐いたのは誰だったけ?」 「なめられてんじゃないの?」 「でも、俺にとったら良いご主人なの!」  3匹の猫が路地裏で集まっていた。  彼らはここらの飼い猫。  色艶のいい自慢の毛並みを持っており、少し太りぎみであった。  本来、猫があるべき姿とは少し離れている。 「ここもまた、同じか」  上から声がして、3匹は見上げた。  逆行のせいか、真っ黒な黒い影が塀の上から見下ろしている。 「誰だよ」  1匹が吠えるように言う。  3匹とも警戒していた。  う〜と低く唸ってみせる。 「何も警戒することはない」  しゅたっとその黒い影は降りてきた。  地面に着地して初めてその猫の特徴を見ることができた。  3匹とは違ってしなやかな体つきをしていた。  目は一段と鋭く。  耳は大きい。  そして何より目立ったのは色艶の良い、鮮やかなオレンジ色の毛並みだった。 「私は、最近こちらに引っ越してきたものだ。 しかし……どこでも変わらないものだな。最近の猫は。」  見た目で言えば他の3匹とそのオレンジ色の猫は大して歳が離れていないように見える。 「どういう意味だよ? そりゃ」 「お前達は今、何の話をしていた?」  オレンジ色の猫は3匹の元へ、しっぽをゆらゆらと立てて揺らしながらゆっくりと近づいてきた。  3匹は顔を見合わせる。 「ご主人様のことだけど?」  1匹が答える。  3匹はまだ警戒をして腰を上げていた。  そんな前でオレンジ色の猫は腰を下ろした。 「馬鹿馬鹿しい」  ふんとオレンジ色の猫は鼻を鳴らした。 「なんですって?!」  3匹とも、低い姿勢になった。  いつでも飛びかかれるように相手を睨み、フーフーと威嚇してみせる。  しかしオレンジ色の猫は動じなかった。  冷めた口調で彼らに問う。 「お前達はそれで幸せなのか?」 「当たり前だ!」  3匹の猫は毛を逆立たせた。  牙を出す。 「では、その幸せとは何だ?」 「ご主人様に飼われること! 毎日ご飯を貰い、遊んでもらうことだ! お前も飼い猫なら分かるだろう!」  フーフーという声はどんどん大きくなっていく。  3匹ともいかにも飛び掛りそうな勢いである。 「分からんな」 「あぁ?」 「そう気を荒立てるな。私はお前達と戦うつもりは微塵もない。腰を下ろせ」  うーと3匹は唸り声を上げる。 「腰をおろして話を聞け」  3匹は牙をむき出す。 「腰を下ろせというのが分からんのか!」  オレンジ色の猫が叫んだ。  3匹の猫は少しずつ唸る声を小さくしていった。  牙を少しずつ隠していく。  ぴんと立てた尻尾を少しずつ下ろしていって、最後には腰をゆっくりと下ろした。 「血気盛んなのはいいが、無駄に争えば血をみるぞ」  オレンジ色の猫はぴしゃりと言い放った。  3匹は黙りこくっている。 「お前らに問う。猫とは何だ」 「俺らだ」 「自我を持った生き物よ」  まっすぐに何の迷いも無くそう答えた。 「生き物だな。そう、私達は生き物だ。では、人間は?」  オレンジ色の猫は3匹をゆっくり見回した。 「生き物でしょ?」  不思議そうに答える。 「そうだ。生き物だ。私達と、人間は同じ生き物。そして同じ命を持っている。違うか?」 「いんや。違わない」  胸を張った。  オレンジ色の猫はいっそう真面目な顔をする。 「では、飼うとは何だ?飼われるとはなんだ?」  3匹は黙った。  そんなこと考えたことも無かった。 「命には長い、短いの違いはあっても。重い、軽い。大きい、小さいの違いはないものであろう? ではなぜ、自我を持った命が、同じ自我を持った命を預かるのだ?お前達は不思議ではないのか?」  言われればそうかもしれない。  今まで普通に飼われるということを飲み込んできた。  人間は自分達より偉くて、  気に入らないことをすれば捨てられるかもしれない。餌をもらえないかもしれない。殺されるかもしれない。  そんなことが当たり前だと思っていた。 「でも、犬たちは遥か昔から人間と共に生きてきている。俺達もそれが普通なんじゃないのか?」 「あんな人間に好かれるためなら何でもするような奴らと私達を一緒にするな。 私達は自由を愛する生き物だろう?それを何だ人間という奴は」  憎らしそうにオレンジ色の猫は言う。 「私達をあの家に閉じ込めるのだ。そして決まった時間に決まった餌が出てくる。 ……私達をなんだと思っているのだ」  嫌なものでも見るような目をオレンジ色の猫はした。 「じゃあ、お前はどうするっていうんだよ?」  1匹の猫が尋ねた。  私はか?とオレンジ色の猫は聞きなおす。  そしてニヤリと笑った。 「私はまずあの家を出て行こうとおもっているのだ。そして、私の存在がいかに大事なものかということを知らしめてやる」  ごくりと3匹の猫は息を飲んだ。  だまってオレンジ色の猫の野望を聞いている。 「そして、だ」  オレンジ色の猫は他の3匹の猫の顔をゆっくりと見回した。  6つの瞳がいっせいにオレンジ色の猫に向けられている。  細く縮まった黒目には綺麗にオレンジ色写りこんでいた。 「私と共に来る猫を集める。そして猫の集団を作るのだ。人間が恐れるような集団を。 そうしたら人間だって猫を飼おうだなんていう馬鹿げたことを考えないだろう。 そうすれば私達の自由を自分達の手で手に入れることができるのだ」  ふーんとあまり興味がないように3匹の猫は答えた。  オレンジ色の猫はふふと笑う。 「そして私は君たちに告ぐ。次の三日月の夜、私はこの計画を実行に移そうと思う。 それまでにこのことをもっと多くの猫たちに知らせねばならないのだ」  すくっとオレンジ色の猫は腰を上げた。  そして3匹の猫に背を向け歩き始めた。  4,5歩歩いてから急に立ち止まり振り返った。 「それでは、私は失礼するとしよう。猫の世界の王になるべきものは忙しいのだ」  スタスタと足音も無く消えてしまった。  それからオレンジ色の猫の噂はあっというまに近所に知れ渡った。  いつしかそれがどんどん広がって一つの市に住む猫にその噂は届いていた。  三日月の夜がやってきた。  夜空に大きな明るい月が出て、その下には静まり返った住宅とたくさんの猫がいた。  そう、オレンジ色の猫が作戦を実行に移すのだ。  オレンジ色の猫は、近所の猫やもっと遠くからやってきた猫、 すべての猫に向かって言った。 「私はこれから、私達の世界を作っていこうと思う。人間に飼われる猫は終わりだ。 自由を取り戻すべきなのだ。私の意見に賛成するものはそこから前に出てくるがいい。私と共に行こうではないか」  胸を張り、鋭い目でたくさんの猫を見て、たくさんの猫たちの声を大きな耳で聞こうとした。  月光に照らされてオレンジ色がまばゆく光る。  ざわざわと場がざわめく。  が、1匹として前に出てくるものはいなかった。 「どうした?いないのか」  オレンジ色の猫が聞く。  場は静かになった。  そして1匹の猫が言う。 「俺は、今のままでいい。ご主人好きだし」  それに続いて 「私も。野良猫になるのはゴメンだよ」  そうだそうだとその意見に賛成するものの声が多く聞こえる。 「餌に困らない。飼い主にはたくさんの愛を貰える。寝たいときに寝るし、遊びに行きたいときに遊ぶ。俺はそれで満足だ」  うんうんと皆がうなずく。 「本当にそれでいいのか? 遠くへは行きたくないのか? 見たことの無いものを見たいとは思わないのか?!」  オレンジ色の猫は長い尻尾をゆらゆらと大きく揺らして叫ぶ。  大きな耳をきょろきょろと動かす。  黒目が太くなり、光る鋭い目をあちらこちらに向ける。  賛成の声は何処からも現れなかった。 「そうか……。お前らはそういう答えを出したのだな。後で後悔するがいい!」  オレンジ色の猫はそういい残して一歩、一歩とこの町を、この市を去っていった。  残された猫たちは1匹、また1匹と自分の家へ戻っていった。  そして彼らのいた場所にはもう何も残らず、ただ静かな月光が降り注ぐだけだった。  数日後。  何も変わらず、普段どおりの生活を送っていた。 「それでさ〜うちのご主人ったらさ〜」  3匹の猫がいつも集まる場所で毎日同じような会話をしていた。 「ねぇ? なんの話をしてるの?」  上から声がして、3匹は見上げた。  逆行のせいか、真っ黒な黒い影が塀の上から見下ろしている。 「誰だよ?」  しゅったっと黒い影は降りてきた。  そしてまじまじと皆はその黒い影を見つめた。  大きな耳、大きな目をした子猫だった。  そしてなにより特徴的だったのが色鮮やかなオレンジの毛。 「最近、このあたりの人に買われたんだ」  とても人懐っこく3匹の猫に笑いかける。  3匹の猫は素直にその子猫を受け入れた。 「このあたりって何処の家?」 「うーんと、よくわかんないけど。ボクが来る前にもそのうちには猫がいたらしいよ。 でもつい最近、その猫が家出しちゃったんだって。だからボクを買い入れたみたい」  うふふと子猫は照れたように笑った。  3匹の猫は顔を見合わせた。 「あなた、幸せか?」 「うん。とっても幸せ。だってご主人様、すっごく優しいんだもん」 「そっか……それは良かった」  あの、オレンジ色の猫のことはもう誰も知りません。  どうなったかも、いま何処にいるのかも。  あの猫の野望は果たせたかって…?  さぁ、どうでしょう。  ただ、あなたの周りを良く見てごらんなさい。  そうすれば考えなくても分かるでしょう。  あのオレンジ色の猫の結末が、ね。 なんていうか。 オレンジ色の猫のむなしさみたいなのが伝わればいいかなって。 動物を「飼う」ってなんかおかしいよな……って。
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