016.シャム双生児(腰が接合した二重胎児)
人は僕らのことを2人で1人……なんて言ったりする。
でもそうじゃない。
僕らは1人と1人で2人なのだ。
本当は1人と1人で生まれてくるはずだった。
でも違った。
僕らの体。
肩から下は一つ。
でも頭が二つ。
そんな体で生まれてきた。
僕らの人格ははっきり別れていた。
まぁ当たり前か。
脳は二つあるわけだから。
僕らは……いや、彼が特に……あるべき姿に戻ることを願った。
一つの体に一つの頭。
僕らが7歳になったとき。
願いはついに叶った。
手術をすることになったのだ。
僕らは喜んだ。とくに彼が。
それが決まった夜のこと。
彼は言った。
「なんとしても僕は生きたい」
うんと僕はうなずいた。
「でも、僕らは脳は2つあっても心臓は……そのほかの臓器は、1つしかない」
また僕はうなずいた。
「……だから……」
彼は言葉を詰まらせた。
次に来る言葉は僕だって簡単に予想することができる。
「分かったよ。僕が死ねばいいんでしょ?」
「いいの?」
「構わないよ。僕はどうしても生きたいって気持ちはないからね。むしろ、僕が死んで助かる命があるのなら本望だよ」
言葉に嘘はなかった。
でも真実もなかった。
「ありがとう」
彼はそう言った。
そして何事もなかったように、いつものように、おやすみと呟いた。
そのうち僕らは大きな病院に入院することになった。
いつもベットに寝かされてお医者さんがなにやら調べている。
手術の前の日。
僕はどうしても先生に言っておかなきゃいけないことがあって。
いつものように僕らの体を見ている先生に声をかけた。
「先生」
「ん?」
先生は僕の方に目をやった。
「先生が明日僕たちを手術するの?」
「そうだよ。私が明日、君達を手術するんだ」
先生は薄く笑った。
僕も笑みを返す。
「じゃあ、お願いがあるんだけど」
「なんだい?」
彼はきっと僕がこれから何を言おうとしているのか分かっているに違いない。
でも何も言わなかった。
ずっと黙ったままだった。
どんな表情をしているのか分からないけれど。
「あのさ、手術って2人は助からないんでしょ?」
先生の顔から笑みは消えた。
いや、笑みを作っているのだけれど目は笑ってはいなかった。
「そうだね……そういうことになる」
「だったら、僕を殺して。僕は死んでもいいから」
先生も彼も黙り込んだ。
僕は先生の顔をじっと見つめる。
困ったような、考え込むような怖い顔をしたけれど先生は穏やかな声で僕に質問した。
「君は、なんでそう思うんだ?」
今度は僕が黙り込んだ。
なんでって聞かれると答えられない。
何でだろう。
「分からないよ」
そう答えると、先生は黙って僕の髪を撫でた。
次の日。
手術は午前中から始まった。
僕らは別室に移された。
ママやパパの顔を見るのもこれで最後。
この世界を見回すのもこれで最後。
悔いのないように僕は目をくるくる動かしてすべてを見逃さないように気をつけた。
いよいよ手術で僕らに麻酔がかけられるとき僕はもう終わりなんだなって思った。
彼に言う。
「じゃあね」
彼は答えた。
「じゃあ」
自然と悲しみとかそんなものは沸いてこなかった。
死ぬのを恐れはしなかった。
僕はふと目が覚めた。
きっとここは天国だって思いながら。
綺麗な世界なんだって思いながら。
でも僕の想像していた世界とはちょっと違った。
いきなり天井がある。
ママやパパや先生の顔がある。
見慣れた世界だ。
もしや……僕は思った。
「ここが何処だか分かるか?」
先生に声をかけられて僕はおそるおそる答えた。
「天国?」
声が震えていた。
死んだことへの恐れではない。むしろその逆だ。
先生は首を横に降った。
僕は震えた手で自分の肩などを触ってみる。
震えは大きくなるだけだ。
心臓は大きく速く動く。
「ママ、鏡! 鏡貸して」
鏡を貸してもらって僕はやっと真実を自分の目で見た。
僕は1つだ。
頭も体も。
でも彼はいない。
「先生。なんで?」
先生はうつむいて暗い顔をした。
「どうして? お願いしたのに!」
涙がこぼれてきた。
生きることを強く希望していた彼が死んで。
希望していなかった僕がこうやって生きている。
どうして?
この体は僕のものではなく、彼のものだ。
生きることを願った彼のものだ。
僕は1人で2人の体になってしまった。
腰が接合した……ということなんですが、肩から下ということにしてしまいました。
それでも腰はくっついてるし…。
これは再放送で見た『ハンドク』に多大に影響を受けております。
生を望むものが死に、望まないものに生を与える。
なんだかそんなものにひどく動かされました。