004：マルボロ （紙巻煙草のブランド名）


　最近、山吹には密かに囁かれている噂がある。
　部活が始まったら、屋外トイレには近寄らないほうがいいよ。怖い思いをするから……と。
　その噂を勇敢にも確かめに行った生徒は皆、痛い思いをして帰ってくるという。
　何があったのかは誰も言わない。話そうとはしない。
　そんな中、この噂の真実を知っているものがいた。
　いや、知っているのではない。予感しているのだ。
　しかしその予感は自信に満ちたものであった。
　鼻歌を歌いながら屋外トイレへと向かうのは、他でもない。
　山吹一の幸運男と噂される千石清純であった。
　ユニホーム姿な所を見るとコレから部活か、もしくは部活を抜け出してきたのだろう。
　トイレへと向かうと、中には入らずにトイレの裏側に回った。
「お、当たってたし。俺って天才」
　視線を少し下に下ろした。
　その先には地面にぺたりと座り込んだ亜久津の姿があった。
　もくもくとタバコをふかしている。
「あ？」
「いやいや、こっちの話。気にすんなって」
　千石は亜久津の隣に腰を下ろす。
　亜久津は何の反応も見せずに、ふぅと白い煙を吐いた。
「最近噂になってるよ？　ココに怖いのがいるって」
「んでだよ？」
「何人かシメたんじゃないの？」
　亜久津は考え込むようにしてタバコを口にくわえている。
　手でそれを取り、その後にゆっくりと白い息を吐き出すと答えた。
「そーいやそうだったな」
　くすくすと千石は笑う。
「あっくんは忘れんぼさんだなぁ」
「ブッコロスぞ」
　そう言われるのを分かってて千石は亜久津をからかう。
　笑顔のまま、視線は地面へと向けられた。
　そして、あるものを見つけた。
「あれ〜亜久津、マルボロだっけ？」
　地面に置かれていたのはタバコの箱。
　白と赤、そして黒。
　シンプルなデザインの箱がむき出しで無造作に置かれていた。
「すっげぇーリッチじゃん。最近また、タバコの値段上がったのに」
「まぁな」
　まんざらでもない様子で亜久津は答えた。
　千石は手のひらに収まるタバコの箱を手に取った。
　じっと見つめて、蓋を開ける。
「ねぇ、一本頂戴」
　そう言って亜久津に目を向けたときには、亜久津が銜えていたタバコは吸殻になっていた。
「やんねぇよ」
「お前の得意なテニスに不利な体になるんじゃねえの」
　はぁっと小さくため息のような息を吐いた。
　千石は、それはまずいか…。と呟いて蓋を閉じる。
　パッケージをずっと見つめている。
「亜久津知ってる？」
「しらねぇ」
すばやくそう返す。
「真面目な話だって。……このパッケージに何か意味が込められてるって知ってた？」
「あぁ？どーいう意味だよ？？」
　箱を地面に置いた。
　その様子を亜久津は黙って目で追っていた。
「俺も良くわかんないんだけど、このパッケージには差別的なものが含まれてるらしい。
インディアンいや、ネイティブアメリカンに対するものとか黒人さんに対するものとか言われてるだってさ。
まぁ、後付みたいな感じなんだけどね。」
　はぁーん、と亜久津はいかにも興味なさそうに返事した。
　その反応は、千石が予想していたものと同じだった。
「もしそれが本当だとしたら、何考えてんだろな〜こんなとこにそんな意味込めるなんてさ」
「だな」
「差別ってさぁ、自分が強いと思っちゃったからきっと始まったんだろうね。
負け知らずできちゃって、世界を良く知らない人たちが自分達が一番だって錯覚したんだろーね。
……全く、お馬鹿さんだよ」
　千石は微笑した。
　置いてあった箱からタバコを一本取り出して、火をつけた。
　それを口に銜えて亜久津は宙を見る。
「一回、負けてみれば世界観が変わったと思うんだよね。学ぶことは多いし。……ね、あっくん？」
　顔を亜久津に向けた。
　睨まれる。
「どういう意味だよ？　あぁ？」
「あ、でもダメか。……負けたら止めちゃうから」
　ぷっと千石は吹き出した。
「なんの話をしてんだよ、てめぇは？？」
「さぁ、なんでしょう？」
　少々不機嫌な亜久津とは対照的に千石は笑顔である。
　亜久津は顔の前に拳を構えて見せた。
　千石は手のひらを前に突き出してゴメンゴメンと繰り返す。
　顔は笑ったままだが。
「大好きな部活は出なくていいのかよ。遅刻だろ」
　拳を下に下ろすと、煙と一緒にその言葉を吐き出した。
「ここに来た時点で遅刻は覚悟してるよ。……でも、そろそろ行こうかね」
　すくっとその場に立ち上がった。
　千石は２、３歩歩いたところで一度振り返った。
「吸いすぎは良くないよ」
「俺に指図すんじゃねえ」
　目はあわせずにそう答えた。
　やはり、思ったとおりの反応で千石の顔には自然と笑みが浮かぶ。
「じゃね」
「あぁ」
　千石は歩を進める。
　今頃になって、うっすらとタバコの匂いが鼻についた。







タバコと聞いて出てきたのはあっくんとサンジだけでした。