台風ジェネレーション

 僕らの生まれた土地は坂の多い町だった。
 高校時代仲の良かった友達と別れ、僕と君は坂の上の公園に向かった。
 少し息を切らせて、僕の後ろを君が追う。
 やっとたどりついて、一息つけば、肺の中に冷えた空気が入りこむ。
 ここは2人で何度か訪れた場所だ。
 薄暗くなれば人の気配がしなくなって、古ぼけたベンチの向こうにあるのは僕らの町だった。
 普段は先にベンチに腰掛ける君がベンチの向こう側を見つめだした。
 寒そうな君の薄い肩に、僕がコートをそっとかけると君は唇の両端をつり上げた。
 君と並んで町を見下ろす。
 僕の視界に入り込んでくる物はいつもの景色で。決して珍しいものでも、すごいものでもない。
 ただ、この景色がいつか過去の物になってしまうのはなんとなく分かった。
 君にちらりと目を向けると、君は僕の知らない顔で町を眺めていた。
 童顔の君が妙に大人びて見える。
 こんな顔もあったのだと今更気づかされて、苦しい。
 もう一度視線を落とすと、ぼんやりと高校の校舎が見えた。
 君と出会った場所で、先々週卒業した。
「校舎が見える」
 僕が指すとうん、と小さな声で君は頷いて、急に目を伏せた。
 そんな表情を見せるようになったのは卒業する前から。僕の大学が決まってからだ。
 僕が遠くの大学を受験する、と始めて君に告げたときもそんな顔をしていたかもしれない。
 校舎には、もう光は無かった。
 明日の朝、僕は上りの電車に乗って君のいないところへ行く。
 ここよりも明るいし、人も多い。けれど、君のいない場所へ。
 君は急に僕の左手を握った。
 冷たい指先を確かめてから、僕は握りかえす。
 俯いてしまった君は何も言わない。
 小さな君がさらに小さくなった。
「行かないで」
 君が呟いた。
 涙を堪えているのか、肩を震わせていた。
「離れたら、ダメになっちゃうよ」
 うわぁと泣き出しそうな君を両腕の中に招いた。
 力を入れれば入れるほど、君は大きく肩を震わせて。
「ずっと想ってるから」
 僕は君の髪を撫でて、頬に触れ、君と最後のキスをした。



 翌朝、僕は君と一緒にホームにやってきた。
 僕が買ったのは、上りの高い切符が1枚。
 改札でいいと言ったのに君は入場券を買った。
 電車を待つ僕の手から切符を引き抜き、君は笑う。
 アナウンスが流れた。電車がじきに来る。
 僕は大きな荷物を肩にかけ、君の前に手を伸ばした。君は何? とふざけて首を傾げる。
「切符」
 僕が呟くと、君は入場券を僕に差し出した。
 電車がホームに入ってくる。
「はやく」
 決心がぐらついてしまいそうで、僕は少し強い口調で言った。
 君は急に悲しい顔をしたけれど、すぐに笑顔で
「分かってるよ」
 と僕の切符を差し出した。
 肌に突き刺さるような痛みが走る。君の気持ちが読み取れる。
 昨日の君が、蘇ってきた。
「じゃあ」
「うん」
 笑った。
 僕が乗った電車のドアが閉まって。ゆっくりと動き出す。
 途端に、君の表情は崩れた。
 少し驚いた僕の表情を見つけたのか君は笑った。泣きながら笑った。
 そしていつの間にか、窓の外にはずっと続く坂道だけが流れた。




 電子音が耳から離れない。
 僕があの日に乗った電車のように、上京してからの日々は新たな面をたくさん見せながら流れた。
 気づけば2ヶ月たっていた。
 僕は君のいない生活に慣れていた。
 出発する前の夜、君を抱きしめたときに見た夢は嘘じゃない。君をずっと忘れないと、ずっと想っていられると、思った。
しかし、その幼い夢が君を傷つけてしまったのだと今更後悔させられる。
 なぜそんなことを言ってしまったのだろう。
 ずっと想っていると囁いた口が、あんなにも簡単に君にさよならと呟いた。
 忘れずにいることなんてできない。
 覚えているのはあの日の君が大人っぽく見えたことと、コートの裏に付いているセーターの色と君の香り。
 大人びて見えたのは、口紅の色を変えたからなのだと今更気が付いて。
 コートを手にしないともう君の香りすら思い出せない。
 ホームで見た君の笑顔は思い出せるのに、寂しそうにする君の顔が出てこなくなってしまった。
 離れている時間にも距離にも僕らは、僕は勝てなかった。
 部屋の中で一人、受話器からした君の声が聞こえてくる。この声もいつか忘れてしまうのだろう。
 君が僕の隣にいたことだけは、きっと忘れないだろうけど。ずっと。そう、ずっと。


 僕の住んでいる土地は平坦な明るい町。
 町を眺めていると脳裏に浮かぶのは、町を真剣に見つめていた君の横顔だけ。
 季節が過ぎればきっと、君もあの町も変わっていってしまうのだろう。






嵐の「台風ジェネレーション」より。
切なくて好きです。
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