さよならの恋人

 夕暮れに染まる雨上がりのしっとりとした町を一人歩く。  足元にはハート型の水溜りが広がっていた。  そこには冴えない顔の自分がいた。  そんな自分を飛び越えようとジャンプしたけれど、重たいものが邪魔をしてスニーカーを濡らした。  はぁ、なんてため息をついてみても、何も変わないのは何遍試してみても同じで。  肩にかけたバックをかけなおして歩き出した。  靴は少しだけ滲みてきた。  少し前まで3人で歩いていたこの道を1人で進めば進むほど、あいつの言葉を思い出していく。    部活が終わったあと、あいつは僕の方に駆け寄ってきて言った。 「今日、先に帰るわ」  一瞬だけ息が止まった。 「詳しいことは明日、話すから」  と言った奴の後ろにはマネージャーが立っていた。僕に背を向けてうつむいている。  奴の顔に目を戻すと、照れたように笑った。  あぁうん、と答えるのがやっとで。それは自分に言っているのだと思いながら頷いた。  その後はあいつが何か言っていたような気がするが覚えていない。  ただ彼女の遠い後ろ姿だけ見ていた。  言われた通りに僕はゆっくりと帰る支度をし、いつもより遅く校門を出た。  驚きというよりも来るべき時が来てしまったと感じだ。  あいつが明日僕に言うことは分かっている。  彼女との関係が親密になったということだ。    半年ほど前だったと思う。  奴の言葉に驚いてもう一度聞き返した。  彼女と先の曲がり角で別れて、しばらく黙っていると思ったら奴は 「だから……」  そう言ったあと、言葉を捜しているのか長い間を空けた。 「マネージャーのこと、どう思ってるのかってこと」 「どうって言われても」  僕は奴とは目を合わさないように地面を見た。  きっと奴との思いは同じだ。  3人で歩いていたときと比べたらはるかに低いテンションで僕らは歩いていた。 「好きとか、嫌いとか、そういうのある?」  手に取るように奴の気持ちは分かった。  ハッキリさせることを恐れていた事を奴は聞いてきた。  奴もハッキリさせたかったのか、それとも僕の気持ちに全く気づいていないのかそれは分からなかった。  僕の胸中は乱れていた。その話題には触れてくれるなと騒いでいた。 「嫌いではないけど」 「そっか」  たった一言呟くと、奴はすぐさま話題を変えた。  それから数日しか経っていないと思う。  奴は僕に彼女が好きだと打ち明けて来た。  僕はそこで負けを覚悟した。  こういうものは先に打ち明けたほうが勝ちなのだ。  いや、先にどう思っているかと聞いてきた時点で僕は負けていたのかもしれない。  気づいてたよ。なんて言うと、奴は驚いて見せたがそのうち笑った。  その日から、僕と奴と彼女と3人での下校は奴を僕と彼女が挟んで歩くようになった。  何も気にしないで騒いでいた日にはもう戻れないのだと、なんとなく思った。  自分の気持ちは変わらなかった。寧ろ募るばかりだ。  重たくて重たくて、動けなくなりそうなほど。  今日は赤信号にぶつからない。  急かされているような気がした。追いかけろと言われているような気もした。  でも、出来るはずがない。会えるはずないよ。  彼女とアイツが一緒に並んで歩いている姿を直視する勇気はない。  そこに自分がいないことを恨んでしまうから。  だから僕は、1人で君の背中だけ思い出す。  背を向けていた君はきっと、僕の気持ちに気づいていたんだろう。  僕に遠慮したんだ。きっと。君は優しい人だから。  決めた。  僕はケータイの電話帳から彼女の名前を消した。  もう電話もしない。数回しかしたことないけれど。  決めた。  君に恋はしない。  好きだなんて絶対に言わないよ。  誓う。心から誓う。  君の隣にいるべきなのは、バカで不器用なあいつなんだ。君の優しさが必要だから。  あいつはあんなんだけどすぐに落ち込む、傷つきやすい奴だから、君が隣で微笑んで守ってやってほしい。  だから、僕は。  もう君に恋はしない。  君に好きだと言わない。  君にさよならも言わない  それが僕から君への愛の告白。 SMAPの歌詞から。
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