間違え

 いやに白い家の前に真っ黒でてかてか光る車が止まった。  中から出てきたのは小太りな男。  男はよいこらしょと車から降りると門のチャイムを鳴らした。  すぐに玄関の扉が開き、なかから細身の男が現れた。  彼の名は古見隆義。  古見はさぁどうぞと男を招き入れた。  男はあぁ。と低い声で言い、招かれるがまま家の中へと入っていった。  人の住んでいる気配のしないリビングに入ると、ソファにどかっと腰をかける。  続いて古見がソファに静かに腰をかけた。 「ご依頼ですね?」  古見は穏やかに言う。 「あぁ。でなかったら、もともと無い時間を使って此処まで来ん」 「そのとおりですね」  古見は笑みを浮かべたままである。 「コーヒーでもお入れしましょうか?」  男はいかにも煩わしいという表情をしてみせた。 「そんなものは、いい。時間がないと言っているだろう」 「そうでした。失礼しました」  怒鳴るように言った男に、やはり古見は穏やかに返す。  自分の部下なら嫌な表情をするか、困った顔をするのにこの男は眉一つ動かさないことに男は気づいた。 「で、どういったご用件で?」 「家内が、私の浮気調査を探偵に頼んだらしい。その頼まれた探偵を調べてほしいのだ」  男は深く息を吐いた。  ひどく煙草臭い。 「その探偵を調べてどうするおつもりですか?」 「そんなのこっちの勝手だろう。君は言われた通りその探偵を調べれば良い」 「ですが、それによってこちらも手早く済ませねばならないかもしれないので」  棘棘した言葉を放つ男に古見は嫌な顔一つ見せずにそう答えた。  男は苦い顔をする。 「そうだな……依頼したのはちょっと前の話だから、まだ調査結果は妻には伝わってないだろう。 今のうちに口止めをしておくか……」 「そうですか。そうなると仕事は速いほうが良いですね」 「そうだな」  では、と古見は切り出した。 「その探偵については何か情報をお持ちですか?」  それが……と男は言葉を詰まらせる。  そして重たいため息をついた。 「そうとうやり手の探偵らしくてな。なんの情報もないのだ」 「そうですか」  古見は困った表情さえ浮かべない。  男は少し不気味に思った。 「奥さんの写真などはお持ちでしょうか?」  あぁとうなづいて、男は大きなスーツケースの中から手帳を取り出した。  その間から一枚の写真を取り出す。  机の上に起き、くるりと180度回転させ古見のほうへ突き出した。 「家内だ」 「ほう……」  古見は写真をじっと見つめる。  目が悪いのだろうか、写真に顔を近づけている。  しかし、やはり表情は変わらない。 「お美しい方ですね」  ふん、と男は鼻を鳴らした。 「そんなことはどうでも良い。友人から君の事は聞いたよ優秀な男だとね。 金は払う。……よろしく頼んだよフルミ君」 「はい、かしこまりました」  男は立ち上がる。  それを見て、古見も立ち上がった。  男は玄関を出て車に向かう。  肩を仰け反らせ、胸を張って歩く。  重役特有の歩きかただと古見は思った。  真っ黒な車はすぐに見えなくなってしまった。  一週間後。  男はまた、真っ白な家へ入っていく。  探偵はコーヒーを用意して待っていた。 「調査は済んだのかね」  顔を会わせると同時に男は言った。 「もちろんです」 「一体誰なのだね?」  まぁ、お掛けくださいと古見は男をソファに座らせた。 「では、調査結果をお話いたします。 こないだ言われましたとおり、相当なやり手で彼に関する情報はほとんどつかめませんでした」 「なんだと!」  男は机を叩いた。  コーヒーが静かに波をうつ。 「まぁ、落ち着いてください。……ですが私は直接彼に会ってきました。奇跡的に接触することができたのですよ。 そして彼に聞いたのです。普通、依頼の内容は漏らさない約束なのですが特別な手段を使わせていただきました」  男はふぅと一息ついてソファに深く腰掛けた。 「浮気調査の結果は、まだ奥様の方へはいっていないようです」 「うむ、そうか」  男は安堵の表情を浮かべた。  しかし、古見の話はまだ終わりではない。 「彼は、特別な料金を払って頂ければ事実を偽って奥様に告げることを約束しました」 「いくらだ?」  古見はどこからか電卓を取り出した。  そしてボタンを数回押した後、男の前へ突き出す。  古見は薄く笑っていた。 「……分かった。そうしよう。どうすれば良いのだ?」 「彼は、ある口座を指定してきました。そこに振り込めば良いのかと」 「あぁ。分かった」  男は立ち上がる。 「お帰りになりますか?」 「あぁ、長居してもしょうがないだろう」  玄関まで古見は見送る。 「そうだ、その探偵の名前くらいは分からないのか?」 「コミという名字だということだけは聞いております」  そうか……と男は呟いた。 「では」  古見の言葉を無視して男はまた独特な歩き方で車まで寄っていった。  ゆっくりと車に乗り込む。  古見はそれがいなくなったのを確認したあと、家の中へと入った。  そして受話器を手に取る。  なれた様子でダイヤルを押した。 「もしもし」 「あ、もしもし。古見ですが」  高い女性の声がした。  今、ご主人お帰りになられましたよ。   ご迷惑をお掛けしました。  いえいえ。そんなことはございません。   でも驚きましたわ。いきなり、電話してきて調査結果を知らないことにして欲しいだなんて……・。  すみません。しかし、上手くいきました。   それは良かったわ。あなたのお役にたてたのですもの。  ありがとうございます。ご主人が「コミ」を「フルミ」と読み間違えていることでなんとか上手くいきました。   珍しいお名前ですものね。  えぇ、よく間違えられるんです。でも役に立ったのは初めてです。きっと最初で最後でしょうね。   ふふふ。そうでしょうね。  では、お約束したものをどちらへ振込みしたらよろしいでしょうか?   もう、いいですわ。  え?……どういう意味でしょうか?   それはアナタが持っておいて。私には必要ありませんから。  いや、しかし……。   あの人が浮気をしていたことを知ったって別に何かをするつもりはありませんでしたの。  ………。   ですから、知らないことにしたって何の損もありませんから。働いたあなたが貰っておいて。  そんな……   ではこうしましょう。主人がお世話になったお礼です。私からあなたへのプレゼントということで。それならどうかしら?  ……ありがとうございます。   いえ、それでは。また。  ええ。また。 古見は受話器をゆっくりと下ろした。 ソファに腰掛ける。 冷めたコーヒーを口にしながら古見は笑みを浮かべた。 詐欺ですか?
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送